企業内で失敗した従業員

会社はコンプライアンスとかで昔よりかなり厳しくなっている。
もちろん、悪意ある従業員や関係者を厳しく罰することは必用だ。しかし例外もある。
従業員に悪気は無かった場合だ。つまり不注意の例。厳重注意で赦されて良いかと思う。今の時代、やたらと従業員への不注意に厳しすぎる。

 

悪意以外は人間だからほんと、一時的罰で充分なのだ。こういう場合、会社上司従業者が、上から蹴落とす言い方がえげついんだよね。
間違いなく大げさに注意するはずでそれを気にしてたら切りが無い。

 

むしろ、そういった大げさ小細工注意は逆ハラとして上司などを訴えても良いと思う。 なぜなら人によっては精神を病むからだ。これが悪意でなくてなんだろう?人の弱みにつけ込む悪人と何が違うのか? 卑劣で許せないことだ。

AndroidかiPhoneか?

※日本において、かつて世界でも特にiPhoneの人気が高かったにもかかわらず、近年Androidへ移行する現象が加速しています。その主な理由として、iPhoneの価格高騰、キャリアによる割引の縮小、Android端末の性能向上、そしてApple製品の保守的なブランドイメージへの疑問などが挙げられ、消費者が他の選択肢を求めるようになったことが背景にあります。(web抜粋)
 
日本だけなぜかこの話題がひっきりなし。学生が、Androidだと生徒にからかわれ虐められる事案もあるという。これ聞いてはぁ?って思った。
女ブス(変換ミスだとこうなる)いや、もとい、ジョブスが亡くなった後、iPhoneが落ち目になり、今ではiPhone離れが加速してると言われる。

理由に、昔ならともかく、Androidはウィルスに感染する!と決めつけていたが、今現在はiPhoneさえウィルスに感染するという。今ではiPhone
しのぐと言われるのがAndroid。それにはカメラ機能やカスタム設定、各種機能にアプリなど、各種高機能+安い価格で買えるからだ。

もはや、ブランド志向のみが拘っているのがiPhoneというのだ。iPhone信者が日本は多く、反論も多数見受けられているようだ。
悔しい気持ちはよく分かるが、冷静になり証明をしっかり確認することが大切である。間違いがあった場合反論すれば良いのだから。

ただし、パソコンがMacOSならiPhoneが互換性が良く相性が良いのでお勧め。パソコンがWindowsならAndroidが互換性がよく相性が良いからAndroidがお勧めだ。

キリスト教会

キリスト教とは、基本が、”神を信じる者達が集うこと”であって、決して教会建物ではない。つまり建物自体に何の意味もない。そして、十字架というキリストの形を含めた像など重要ではない。

たとえば、そのキリスト像を足で踏みつけ壊したところで聖書的にも罪ではない。もちろん、牧師や神父の許可無く壊せば怒りを買うだろう。日本の歴史で踏み絵という昔のキリシタンの迫害があり、神を象った像などを信仰の証明に使ったが、もちろん踏んでも良い。

分かっているはずがなぜ踏まなかったか、偶像の問題ではない、キリストを信じていないと嘘をつきたくないからだ。プライドである。

私なら像を踏みつけて、難を逃れて嘘ついた罪を悔い改め神を信じ続ける。それをしなかったキリシタンは凄すぎる。融通が利かなかったと考えることもあるだろう。でも一途が美しく感じる。

そして、キリスト教会に世界のほぼ、完璧な物はない。それは中身の問題で、教義にとらわれる。儀式にとらわれる。収入の10分の1をクリスチャンは毎月支払うのが、什一献金。すると、金持ちが教会に来れば、収入の十分の一を毎月献金されるわけだ、まさか難民に施さないことはないと思うが、施さないと教会主催者は栄える。実際、什一献金の使い道とは、牧師の給料です(50年くらい知らなかったことにショック)。そして不動産の維持費等。元はクミンや野菜などその10分の一を捧げていた。お金ではない。今の教会に野菜を持って行きたいw



しかし、自分の不満がある。その什一献金を一部でも牧師の生活費言わば私服を肥やしに使うこと。個人的には納得しない。そのために寄付してと、教会が信者へしっかり告げるべきだと。

元は牧師とは、無給の奉仕だったのだ。これからも奉仕で聖書を教えるべきだし、今のようなビジネスにしてほしくない。教会建築は必要ない。自宅でやりなさい、または青空のもとやテントで良い。建てたければ献金で集めないで、牧師の身銭で建てなさい。

献金はすべて難民に施す物だと考えを持っている。だから自分は献金はしない。教会に渡すのではなく、毎月什一献金を個人が難民に直接渡すのが正解だと思ってる。それは世の中の寄付金と同様で、団体には渡さず、自分で直接渡せ!人間は罪人だからきっと横領があるからだ。

そして大切なことが、神父も牧師も先生ではない。先生とはキリストのこと。牧師、神父はアドバイザーだ。カトリックでは人間に格差があるのがそもそも傲慢的で変だが、それも完璧な教会ではない証。人間は皆平等。なのにへつらいアドバイザーの教えを信仰するのは危険で止めるべき。

人間を神の言葉と誤解してはいけない。自分で各牧師の言葉を参考にし聖書と照らし合わせ自分そして信者との仲間で判断し信仰するのが基本。人に従っては駄目。人を信じなくて良い、人とは愛する対象であって騙す人がいたらわざと騙されてあげ、そんなわざと被害者になった相手の態度に騙した自分の恥を教える。

おそらく教会としては”無教会”が理想に一番近いだろう。教会建物がない。献金なし、職業牧師はいない。儀式にとらわれないなどから。しかし普及していない。それはビジネスとして成り立たないからなのか?残念だ。


生きた間に、言うべきことは言わないと生きた意味がないからね。一石を投じるわけ。勿論自分のこれまで人生と、教会経験とによる意見。乱筆長文一読感謝。
クリスチャンや求道者に当てた文だがここにクリスチャン居ないかも。空しい文で終わるのかな?

 

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<誰もがよくありうる人間とのつまずき。そして離れる教会>

 

人間的な疲れを感じる時、無理して教会へ行く必要はありません。むしろ、自分自身を大切にし、心身を休めることが、神を愛し人を愛するための土台となることを大切にしましょう。キリスト教では、自分を愛すること、そして自立することが欠かせないため、疲れを感じる時は休息を優先することが重要です。

自分を大切にすることの重要性

  • 神を愛する前提:

    イエス・キリストの教えで最も大切なことの一つは、「自分を愛するように人を愛する」ことです。この教えを実践するためには、まず自分自身を大切にすること、そして心身の健康を保つことが不可欠です。

  • 休息の必要性:

    心身が疲弊している状態で教会に行くことは、信仰的な義務を果たすことよりも、まず自身の回復を優先する必要があることを示唆します。

教会に行く代わりにできること

  • 自宅で祈る:

    教会へ行けない場合でも、静かな場所で祈りを捧げることはできます。祈りは場所を選ばないため、自宅で神とのつながりを持つことができます。

  • 聖書を読む:

聖書を読むことは、神の言葉に触れ、心を落ち着かせる良い方法です。

  • 身近な人と過ごす:

家族や信頼できる友人と過ごす時間を持ち、精神的な支えを得ることも大切です。

結論

神は人間が心身ともに満たされていることを望んでおり、疲れているときに無理を強いることはありません。自分自身を労わり、心身が回復してから教会へ行く、あるいは別の形で信仰の実践をすることが、より豊かな信仰に繋がるでしょう。

生成AI作成のわいせつ画像

『生成AI作成のわいせつ画像 販売疑いで4人逮捕 全国初摘発』

という意味不明なニュースが飛び込んできた。この容疑者がかわいそうだ。もちろん、エロを人様に売り付けるのは褒められたことじゃない。しかし顔出しで逮捕のニュースはおかしい。

社会のまったく勝手な有り様には呆れる。AIは作り物だ。逮捕するべきは実写で販売し、ネットで流しまくってるAVが遥かに有害な”猥褻物陳列罪”だろ(AVはそれに該当しないなどの解説があったが、ツッコミどころ満載でなんの正論にもなってないのだ。読んでいてほんと屁理屈でしかなく無様なもので、大人の目に耳はごまかせないよ)。AVこそ逮捕しろ!
子供の目に触れるわ、真似た犯罪は多数。

※AVの元は>女性が性器を隠してSEXをしないヌード動画が本来のアダルトビデオだから!現行のAVは本番ありが大間違い!なんのため?性教育じゃなく欲望のためでやりすぎただけ。また、AV監督の娘さんを決して出演させた例がない。他人なら販売道具としてOKな訳だ。そして、卑劣極まりないAV女優の勧誘に、過度な演出。それで社会問題視された。


国は男が仕切ってるからそれを良いことに、AVを合法化してるだけ。とんでもない犯罪野放し。女性を大人のおもちゃ扱いだ、男どももいい加減にしろ!

必要なのが風俗で、AVの垂れ流しのように、決して子供が目にすることもない。誰の目にも触れ悪影響を及ぼすAVは過ち。社会が狂ってる。

親戚を信用し過ぎてはいけない

資産は狙われるもの。その体験談を自分への慰めの意味も込めてここでお話ししたい。場所は私の実家である土佐清水市の出来事である。一応建前では、個人の疑惑としておく。既に偽の書類は合法的に通されてしまった。とはいえ、犯罪には違いは無いのだ。してやられたといえる。それはもう覆ることにならないからである。


伯父は私のことを慕っていて、よく私に会いに来てくれた。自分は正直に言うと、伯父を好きではなかった。戦争当時の軍事工場で4年間務めただけだ。その後は生涯先祖のお金でほぼニートだったし、雑貨屋で妻や、私の母に任せたくらいの気弱で引きこもりだったからだ。そして無細工である。しかし、お金目当ての妻はかなりの美人で、23歳の時に30歳の伯父と親戚の紹介結婚である。子供には恵まれない。その妻は後に、伯父の貯蓄から約1000万円を引き出し、身内に配っていたと伯父も知る。怒っていたが、泣き寝入りでおしまいだ。優柔不断の男らしさも無く嫌いではある。

 

伯父が健康で認知症もまったくない頃、資産が他者に奪われないようにと、行政書士の提案により、伯父が私を、養子にして頂いた。伯父、私、行政書士、仲良しの親戚が証人。そして数年時が経った頃、伯父が認知症を煩うようになった。90近い高齢だ。それから突然見知らぬ遠い親戚が干渉してきたのだ。


亡き妻の甥である親戚は、上から物を言う私への発言が気分を害するのだ。伯父は認知症発症時、「伯父はあなたを養子にした覚えはないと言ってるよ」や、「養子は取り下げては?」発言など、露骨に怪しいわけだ。


私に内緒で、その伯父の亡き妻の甥により、任意後見人をつけられていた。ほかにも、私の了解なく、伯父の通帳管理もされた。そして、実家を大掃除するから入らせて貰ったと聞く。多額のタンス貯金が無くなり大きな金庫もなかったと、仲良しの親戚が話した。伯父もそれを確認した。その後私は都会から田舎に帰り、実家がさぞ綺麗になったのだと確認すればかなり汚いままだ。大掃除はでまかせだったのだ。不審しかない。

この場合、証拠が残らないから、伯父が処分したことになるだろう。起訴はまず無理だ。


その見知らぬ親戚どもを排除したく、自分の後見人を立てるよう、弁護士に依頼したのだが、結局役立たず。どうもハイエナたちに丸め込まれたようである。

逸れるが、遠方の私が伯父の病気の見舞いなどできないことを言い訳に、私らがあなたの伯父のお世話してるので私らのことをよろしくなど、亡き妻の甥から恩着せがましい言葉も在り、それを盾に衝いてきた。
私としては、施設や病院に入れたことで、看護師がお世話看病をするので問題はないのだ。親戚には全くお世話など頼んでもいないが、勝手に見知らぬ親戚がお世話してるのだから。


私が交代させた役立たたずの成年後見人からのお知らせで、平成30年に修正伴う遺言書が(認知を発症していた伯父)、亡き妻の甥などにより、公正証書遺言書を作成した。内容は大まかに言うと、「各親戚に、不動産、貯蓄の全資産をこの親戚に譲渡する」である。これを見たときはいかにも公文証偽造だと分かった(れっきとした犯罪だ。しかし民事のため訴訟のお金はない。金のない者、訴えは退けられるだ)。

 

私には資産を渡すと養子にしたのだから。結局は、私の付けた後見人の意味がなく無駄金だ。前述した、ハイエナ親戚の付けた弁護士の名(竹n)が公正証書に記されていた。排除に間に合わなかったのだ。弁護士は、悪人でもお金さえ出せば共謀する者のようである。しかも、その事例は多く国が目をつぶっているのである。

 

もちろん、争うお金などなく、また私の母と仲の良い、味方の親戚のアドバイスで、遺留分で決着しなさいと言う。それに従った。これが間違いだった。伯父と親しい知人の親戚は大変なお人好しだったのだ。人の態度で翻弄されるため態度がコロコロ変わる頼りない人であった。

公開された資産は驚くほど低かった。若い弁護士も貯金通帳を私たちに見せることなく単に口で発表するのみ。間違いだ。仲良しの親戚さえ資産が低すぎるとそう言った。悪く考えればきりがないものだが、認知症の伯父の影で見知らぬ親戚(ここではハイエナと唱える)ハイエナが伯父の銀行口座を移し替えたのだろうと予想。銀行ももしかすれば共謀した可能性もある。

 

伯父の貯蓄目安が、バブル後期で、年300万円利子が付いていたこと。計算すると当時で1億円である。伯父は質素な生活だったため、毎年300万円も貯まることになる。しかし、遺留分では、生活が難しいくらい低いのだ。しかも遺留分は、伯父の永代供養100万円と伯父の建物を取り壊し、ガラクタ片付けを終えたあと、その費用を差し引いた分で支払うとどこまでも厚かましい。差し引く費用も信用はならないのだが……自分も取り合いたくは無くハイエナの言うがままにする。呆れているのだ。

 

しかも、合意書まで用意し、印鑑証明付き実印などで認める印まで求められたため、捺印して返させたのだ。念入りであることも怪しすぎる。私も洗脳されたかのように実印を押して合意書を送った。本心は全く認めていない。しかし体が勝手に動くと表現したら良いのだろうか~諦めの境地というのか分からないが……。

 

このハイエナで首謀者である親戚は名前の伏せ字入りが、「増田H●」仲間家族も数人いるのだ。せめてこのくらいは愚痴っておかないとやりきれないからご勘弁を。

とんだ宝くじに当たったような喜びでいっぱいだろう(高額くじを当てた人を狙う悪人がいるが、狙われるべきはこの悪者ではないのか!しかし悪を働いた者が大手を振って平和に生涯過ごすものなのだ)。私がお金のないお人好しだから、目を付けていたのだろう。訴える金など無いはずだから狙い目だったし、実際搾取に成功したのだから。「悪が勝つ!」「悪さした者勝ち」こういう世の中だと認識する。

 

ささやかな希望は、後、家族の誰かが親の怪しさに怒り、正義に目覚め、公文証偽造を働いた事実を公表していただきたいものだ。無理な希望だろうが……。

皆さんも、お金によっては親戚という者はハイエナになる可能性もあるという事実を知っていただきたいとあえて記事にした。ご注意を!

 

その後は、

遺留分の一部は既に支払ってもらったが、残りの遺留分は、養父の土地建物で、掃除から整理建物を解体した費用を差し引いた分で支払うとほぼ強引な約束を同意させられ、私もやむを得ず同意のサインをした事は前述通り。1年以上経つから聞くともう240万使ったと言う。残りの遺留分は約300万。まだ残金が少なくなるとハイエナは言う。ほんとうに厚かましいというか罪深いというか…。結局ほぼ0になると予想。

 

だが、その言葉を聞いてから相手にするのも馬鹿らしく、散々悪人に長年振り回される羽目になるため電話をブロックにした。SMSだけは着信拒否できないため無視するしかない。もう今後は自分から残りの遺留分を請求することはない。くれたやった。相手も伯父の自動車を売ったはずが内緒にしている。まったくお金の振り込みは1円すらないままだ。このまま私が無視してるのを良いことに時効を期待し払わないつもりだろう。

自分も無知である。まさか資産を狙うハイエナ輩が土佐清水というド田舎から現れるなど予想すらしなかったからだ。

 

余談>「騙すより黙れるほうがまし」とは言うが、凡人だとなかなか受け入れられるものではない。聖書に「あなたの持ち物を奪う者から、取り戻そうとしてはならない」

「富んでいる者が神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通る方が、もっとやさしい」とある。生前に懺悔し、私に謝罪しすべて返した方が魂のためだ。そうしないと裁かれるだろう。

訴えない自分が正解になるんだよね。。しかし、これらは昔から云われ続けられた言葉なのできっと真理なのだろう。

 

※ 以下、その手の混んだ弁護士と共謀して作成した誰が見ても公文書偽造を掲載する。

完全犯罪は無理だ。こうして私にはわかってる事実。訴えないだけのこと。

 

※次が合意書で、自分も洗脳言いなりとなり実印を押したもの。

 







 

 

インターネット掲示板のマナー

掲示板を利用していてマナーのない人が結構多いと気がつくことがある。
違反では無いが、今時、自分の投稿を削除も編集もできない掲示板ってそもそもダメだと思います。


時に自分の文を削除したいとき編集したいときって必ずあるものですね。

それはつまり、サイト管理人の著作になってしまうのです。もし、規約にスレッドは管理人の著作になるとあったとしても、わざわざ規約は読まないものでその勝手な著作権利は受付けられるものではないですよね。

 

酷いのはレスポンスに、自分のスレッドそのままコピー&ペーストして「<小なり」を使って回答する人って常識が無いと思います。呆れるのが、レスすると、ひな形で<小なりのあとスレ・コピペが自動的に付く掲示板があること。とんだ間違いシステム。スレ主の文がずっと消せない。もちろん、匿名でIPくらいしか残らないから誰かはわからないのが救いですが。

一応法的には返信の場合でもスレッドのコピー&ペーストは著作権侵害になります。もしコピペなら、スレ主の許可を得ましょう。
自分は基本、編集削除できない掲示板は投稿しないことにしてます。